板わさをたのしむin神田~神田町名由来について~

千代田区には数多くの町の名前があります。江戸開府以来、面々と続く歴史に培われた伝統と文化を有しています。掲載町名以外にも歴史的意義ある町名の案内版が区内各所に沢山設置されていますので是非探してみてください。

※本コラムは「神田蕎麦巡り紀行2022」より引用しております。

発見 町名由来版 猿楽町・中猿楽町

~猿楽町~
「神田猿楽町浅野屋」の店を出てそのまま左手に歩いて行くと、すぐに見つかる。瓦屋根に、可愛らしいミニシャチホコが付いている。日本を代表する文豪・夏目漱石と猿楽町の縁についてや、”男坂”についての説明が書かれている。

~男坂~
蕎麦で一服した後の腹ごなしに、その段数を確かめてみてはいかがだろうか?

~中猿楽町~
靖国通りと白山通りがぶつかる、大きな交差点の一角に位置する。大正時代、この町に中国の留学生が通うための東亜高等予備学校があったことが記されている。

発見 町名由来版 小川町一丁目(南部)小川町二丁目(北部)

鷹狩に使う鷹の飼育を行う鷹匠が住んでいたことから、元鷹匠町と呼ばれていたこの町が。元禄6年に小川町と改称された経緯、小川町の名前の由来について説明されている。また江戸城を築いた室町時代の武将太田道灌が、小川町の風景を詠んだ詩も記されている。

~小川町一丁目(南部)~
一帯が、旗本で寄合の近藤左京、津田英次郎らの屋敷のある、武家地であったと記されている。明治を代表する文学者であり、俳人として有名な正岡子規が勤めていた、日本新聞社があったなど、本の町と言われるこの界隈の片鱗を垣間見ることができる。

~小川町二丁目(北部)~
靖国通りの道筋が大きく湾曲しているのが、150年前からの名残であることが分かる。また夏目漱石の小説『坊ちゃん』の主人公が学んだ、東京物理学校(現在の東京理科大学)を始めとする、著名な学校があったと綴られている。

平和の鐘

明治34年に、東京下町の神田に、町の発展を願って結成された商店主の集まりがあった。それが、東京で1番古い商店街といわれている「前垂会」だ。その設立100周年と江戸開府400年を記念し、世界の平和を祈りつつ、「平和の鐘」を建立した。”前垂会”の名は「前垂れを締めて身を正し、商人の基本である頭をたれて、誠実・親切・謙虚をモットーに商売に励もう」という心根を忘れないように、とつけられたそうだ。12時13時、18時に鳴り響く、この鐘の音が、今なお神田に根付く”商人たちの人情”を物語っている。

すずらん通り

明治10年頃から、お茶の水・錦町・神保町付近に多く官立・私立の大学が設立されたことに伴い、もともと町人の街である神田は市街化が進み、明治から大正初期には文化・思想渦巻く学生の街となった。商業的にも早くから学生対象の商店街が形成され、書籍・楽器・画材・飲食などと、特色ある業種が立ち並ぶ活気あふれる繁華街へと発展した。また牧師、学生の利便上、必然的に本屋が集まり、今では約150店舗が立並ぶ”世界最大の書店街”となった。著名出版社も多く、「神田すずらん通り商店街」には、文豪ご用達の老舗が数多く残っている。

 

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