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明治時代から続く鰹節商店の歴史を背負う女将

「籠常」5代目 石黒玲子さんに聴く

2023.06.15
明治時代から続く鰹節商店の歴史を背負う女将

小田原かまぼこ通りに拠点を構える、明治26年創業の鰹節専科「籠常」。地域に根ざした老舗商店の5代目当主を務める石黒玲子さんとはどんな人物なのか。

いまに至るまでの道のり

「たくましく働く先代の母や、母の友人の自立した女性たちの影響を受けて育ちました」

「私が籠常の当主になったのは偶然の流れからだったんです。跡を継ぐ予定だった兄が体調を崩してしまいまして。

籠常は母方の家系で代々続いてきた仕事で、先代は私の母でした。母はひとり娘だったので、代表になる以前から職人として技術やノウハウをたたき込まれていましたし、人付き合いも良く、私はたくましい母の元で手伝いをしていたんです。

母の友人もまた立派な方が多く、そんな方々と関わっていると、若い頃は、自分はなんて平凡なんだ……と、比べてしまうことも少なくなかったですね。

母や母の友人達は戦争を乗り越えてきた世代。結婚していようがいまいが、そんな環境を生き抜いてきた女性たちは苦労を経験しているし、自分で生きる力があり、とにかくたくましかった。

学生を卒業してからは、しばらく知人である女性学芸員の先生の事務所でお世話になっていたのですが、その方もまた、一流の物事や振る舞いを知る素晴らしい方でした。

私はそんな尊敬できる自立した女性たちと知り合う機会に恵まれ、影響を受けながら育ちました。劣等感を覚えることもありましたが、今ではこの人達に近づきたいという思いが私の原動力になっています」

客観的に見たご自身について

「探究心は強い方かと思います。何事も質にこだわるのが私の目標です」

「私は子供の頃から『食』への興味が強く、いまでも良い食材を使った料理を食べているときが一番の幸せですね。家柄的に魚介類の特殊な部位など、一般的な市場には出回らない珍味を食べられる機会にも恵まれていたことも起因しているかと思うのですが。

そんなこともあり若い頃はしょっちゅう友達と休みを合わせて、京都にグルメ旅に行っていましたね。京都には、日本中の名産物が集まるんです。それはお茶ひとつとっても違いが分かるくらい。何度行っても飽きないほど京都にはいい物が揃っていますよね。

私は決して特別なものが好きなわけではないですが、質にはこだわりたい性格なんです。子供の頃から一流を知る女性たちを間近で見てきたからか、多少背伸びをしてでも質が良いものにふれていたいという意識が強いかもしれないです。

そして、それは食べ物の話ではなくて。仕事や生き方にも通ずる心の持ち方だと思っています。そのたくましい女性達のように、常に自分より高い位置に目標を掲げて行動していたいですね」

五代目当主として最も大事にしていること

「プロショップとしてお客さまのニーズに応え続けること」

「籠常は代々、旅館やホテル、飲食店などのオーダーをベースに鰹節をつくる商売を続けてきました。私たちがいちからつくったものを売るのではなく、あくまでもお客さまのニーズに応えるためのオーダーメイドが籠常の伝統。

お客様が望むレシピに合わせて忠実に鰹節をつくる仕事であり、自分たちの独自性を出して、だから買ってくださいっていう一般的な商売のやり方とは真逆なんです。それこそが、大量生産のメーカーではできない、籠常だからできることだと思っています。

130年近く、この街で籠常が続いてきた理由は、鰹節を作るプロショップとして、お客様たちの信頼に応えられているからだと考えているので、オーダーメイドを基本としたやり方は守り続けていかなければいけないなと」

これからの展望

「先代が築き上げた籠常の歴史を守りつつ新たな販路開拓を考えています」

「先ほども言った通り、先代たちが築き上げた籠常のオーダーメイド製法はこれからも籠常の柱として続けていきます。しかし、時代は変わり続けているし、いまは特に時代の移り変わりが速いので、昔と同じことを続けるだけでは取り残されてしまうかもしれないですよね。

いままで、お世話になった一流の方々に負けないように、この時代に合ったやり方を私の代で打ち出して、新しいステージに挑んでいきたいと考えています。まずは新型コロナウィルスの影響が落ち着いたら、私ができる事として計画しているのは新しい販路の開拓です。

既存のお客様に対しては、今まで通りの籠常のやり方で信頼関係を守り続けたいですね。そして、まだ見ぬお客様に対して、新たに籠常の魅力を伝えていくことが私の役割だと思っています」

人に伝えたい小田原の魅力

「宿場町ならではの交通の便の良さは、今後の街の発展にも役立つはず」

「何より交通の便が良いところが小田原の魅力です。小田原から都内や東海方面に向かうのも動きやすいし、東京や横浜などの都会から小田原に来るのも近いでしょう。

元々、伝統的な工芸品の職人さんが多い街ですが、これからは新しい分野で名のある職人さんや、モノづくりに携わる人が増えたら、この街はもっと盛り上がると思いますね。

また、古い建物が多く、歴史を残す事を重要視した街ではあるのですが、土地柄決して閉鎖的ではなく、外に開けた雰囲気なので、歴史は守りながらも新たな人や文化が入ってくる事にも期待したいですね」

まとめ

予定外の経緯から、老舗の当主を継ぐことになった石黒さんだが、70歳を超えるいまでも、仕事も趣味もバイタリティに溢れ、新しい可能性を模索する柔軟な発想を持っている事に驚いた。

幼少期から先代である母をはじめ、自立した女性に囲まれて育った環境で自分にとっての重要な価値観を構築した石黒さんの生き方には、性別や経歴に関わらず、代表者としての責任を持ち、前向きに働くたくましい女性の心意気が感じられた。