南足柄市の豊かな自然に抱かれるように広がる長崎牧場は、神奈川県が誇る高品質な和牛ブランド「相州牛・相州和牛」を飼育していることで知られている。上質な牛を育てるだけでなく、畜産業界や地域の課題に真摯に向き合い新たな挑戦に果敢に取り組む、現代表の長崎光次さんに、これまでの歩みや今後の展望をうかがった。
いまに至るまでの道のりとは?
「牧場は牛を育てるだけだと思っていたんです。でも始めてみると、これが本当に難しい」
「祖父が牧場(長崎牧場)、父が精肉(長崎畜産)をしていて、家もすぐそばなので、子どものころから牛がいつもそばにいましたね。歩き始めたぐらいの時に、牛舎の中に一人で入ってしまって、すごく怒られた記憶があります(笑)。
大人になったらここを継ぐんだろうな、と漠然と思っていましたが、牧場か精肉のどちらを継ぐかは考えていなくて。とりあえず精肉の修行に出たんです。学校を出て3年間は横浜食肉市場の仲卸の会社で働いて、大きい牛から骨を取ってそれを分解して……という精肉のノウハウを学びました。牧場で牛を育てていて肉もおろせる人ってなかなかいないので、ちょっと珍しいかもしれませんね。
精肉の修行後、牧場を手伝うことになったのですが、正直なところ、牧場は牛を育てるだけだと思っていたんです。でも始めてみると、これが本当に難しい。こうなるだろうな、と思って何かを変えても結果が出るのは2年後とかですし、狙ったことと全然違う結果が出たりもする。でも、おいしくなるだろうな、と思って本当においしくなった時に直接反応が見られるのが精肉にはない喜びなんですよね。それならもっとおいしい肉をつくろう、とのめり込んでいって、気付けば今があるという感じです」

客観的に見て、自身はどんなヒト?
「思いつくことはどんどん実行に移してきました」
「祖父の手伝いをする中で少しずつ問題点も見えてきて、やり方を変えていきたくなったんです。祖父も任せてくれたので、飼料を研究したり、牛の管理を徹底したり、思いつくことはどんどん実行に移してきました。僕が牧場を始めて20年ほど経ちますが、いまだに試行錯誤してますけどね(笑)。
ブランド化したのもそんな挑戦のひとつです。どんなにおいしい牛を育てても、当時は“神奈川県産の牛”として出荷されていただけなので評価されないんです。市場できちんと評価されるにはブランドが必要だと考え、まずは小田原の老舗食肉会社、中川食肉さんと「相州牛推進協議会」を立ち上げました。そして、僕が育てる交雑種を「相州牛」、黒毛和牛を「相州和牛」として、地域ブランド化を目指しました。
小売販売店や飲食店とも力を合わせてブランディングをした結果、2015年に「かながわブランド」に認定されたんです。その後、わざわざ時間とお金をかけて商標も取得。生産者として相州牛の質に責任を持ちたいという強い思いがありました」

代表として最も大事にしていること
「少しでもおいしくつくって、絶対に残さずに食べてもらえるようにしないといけない」
「やっぱり牛はかわいいんです。そんな尊い命をいただいているので、少しでもおいしくつくって、絶対に残さずに食べてもらえるようにしないといけない。これは僕たちの使命だと思っています。
あとは、環境への取り組みも大事にしています。牛といえば、近年は、地球温暖化の原因の一つであるメタンガスを牛が発生させると、海外では牛の不買運動などが起こったりもしています。でも、長崎牧場では、米を収穫した後に残る稲ワラや、ビール粕やおからなどの食品を製造する際にできる副産物などをあげているんですよね。畜産へのネガティブなイメージを跳ね返すようなアクションをしていきたいです」

これからの展望
「畜産を通して地域の自然や地元の人たちに貢献していきたい」
「今後もなるべく地元で集めたものから飼料をつくり、地域の自然や地元の人たちに貢献していきたいですね。すでに、鈴廣の箱根ビールのビール粕、地元の精米会社で出てくる割れた米、湘南オリーブの粕、瀬戸酒造など地元の酒蔵からでた酒粕などを利用させていただいていて、少しずつ業界を越えた連携ができています。
さらに踏み込んだ相州ブランドの取り組みとして、相州牛の堆肥を肥料として使用した「相州米」や「相州野菜」を指定産地、認定農家の管理のもと栽培。その稲作ででた副産物のワラなどを飼料に提供するという「地域循環型・地産地消」にも挑戦しています。まだ実験段階ですがおもしろい試みなので、ぜひ注目していただきたいですね。
そして最終的には、そんな循環を地域のレストランやショップで一般の人たちが体感できるといいと思っています。お米や野菜、肉、ビール、日本酒など、ひとつのお店ですべて味わえたら意義深いのではないかと。このアイデアを小田原や南足柄のホテルなどで採用してもらえるよう、ここ何年か動いているので、そこに向かってがんばっていきたいです」

まとめ
牛をただ「飼う」のではなく、牛を愛し、対等な目線で牛たちと向き合う姿が印象的な長崎さん。型にはまらない柔軟な発想力とそれを行動に移すエネルギーは、畜産業界や地域の人たちを巻き込み、大きなムーブメントとなっていきそうだ。









