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本物そっくり!おいしそうを表現する「手仕事」の魅力

「小田原サンプル」代表 本多正典さんに聴く

2025.08.01
本物そっくり!おいしそうを表現する「手仕事」の魅力

小田原市久野で食品サンプルを製造する「小田原サンプル」。職人4名の小さな工房ながら、手間を惜しまぬ丁寧な仕事と商品のクオリティの高さから、県内はもちろん全国各地の飲食関係者を中心に高い支持を得ている。ここではすべての工程を職人が手作業で行う。そんな同社の代表、本多正典さんに、食品サンプルを手作りする意味と魅力についてうかがった。

いまに至るまでの道のりとは?

「食品サンプルづくりを学べる専門学校はないので、建築や人形などさまざまなものづくりからヒントを得て独自に技法を編み出してきました」

「母親の実家も木工をしており、ものづくりは身近なものでした。昔から細かい作業が好きで、版画や工作などに熱心に取り組んでいましたね。

小田原サンプルは、もとは東京で修行した叔父が小田原で始めた会社です。子供の頃よく遊びに来ていたのでその時に何気なく食品サンプルに触れていて、当時から興味はありましたね。
実際に初めて食品サンプルづくりの作業に携わらせてもらったのは、高校時代のアルバイトの時です。そこでものづくりの楽しさを実感した記憶があります。初めて就職したのは小田原のゼネコンで、現場監督をしていたのですが、1年ほどして、やっぱり『ものづくりがしたい!』と。そのタイミングでちょうど後継ぎを探していた叔父のもとに弟子入りしたんです。

ただ、食品サンプルは専門学校などがないので独学するしかありません。食品サンプルのつくり方って、最近ようやくネットやYouTubeなどで目にするようになりましたが、10年ほど前まではどちらかというと秘密事の方が多かったので、みなさん独自のやり方をしていると思います。食品サンプルの材料として市販されているものは限られるため、日々の生活でも常にアンテナを張って建築でも人形でもヒントを探しています。今でもずっとトライアンドエラーの連続です(笑)」

客観的に見て、自身はどんなヒト?

「商品を見ると『どうやってつくっているのだろう』と内部の構造やつくる工程に興味があり、これはいい食品サンプルづくりに活かせているのでは」

「昔から、何か物事の裏側、内側が気になるタイプではあると思います。商品そのものよりその内部の構造だったり、パッケージの表示だったり、『どうやってつくっているのだろう?』という部分が気になるんです。プラモデルづくりも趣味ですが、つくっては壊す、を繰り返すのが好きなんですよね。完成形よりつくる工程に興味があるというか。

この性格は食品サンプルづくりにも表れているのかもしれません。例えば、干物の食品サンプルをつくるために、干物屋さんに開き方を教わりに行ったこともあります。そうすると、この部分がいるとかいらないとか、骨に包丁を入れるところで下手な人だと肉厚になってしまうから骨まわりは薄い方がかっこいいとか、完成品を見ただけでは知り得ないことが分かるんです。それをふまえて型をとる干物を選んだり、いらないものを削ぎ落としたりすることで、ただのコピーとは違うリアルな趣が出せているのではないかと思います。

かまぼこ屋さんもそうですよね。板かまぼこの形は職人さんによっても違いますし、夏と冬でかまぼこの形の立ち上がり方も違うので微妙に趣が変わります。そんな現場の裏側を実際に見たり聞いたりするのが好きな性分は、いい食品サンプルづくりに活かせているのではないかと思っています」

代表として最も大事にしていること

「商品をただ真似てつくるだけでなく、そこにつくり手の熱量も込めたい」

「食品サンプルの役割は『目でみてわかりやすく伝える』こと。本物で伝えたいけれど使えないから食品サンプルがあるのであって、私たちがつくるものは影の形として、その商品の魅力をひと目で伝えられなくては意味がないんです。お客様が1ヶ月、2ヶ月、時には1年以上かけて開発した商品なので、ただそれを受け取って、ただそれを真似てつくるだけでなく、やはりそこに『おいしそう』や『手に取りたい』と思わせるつくり手の熱量も込めたいですよね。

そのために、お客様がその商品を通じてどんなことを伝えたいのかを、丁寧にヒヤリングすることを大切にしています。原材料やつくり方など集められる情報はすべて聞き取り、そこで聞いた原材料はパーツとしてつくったり、製作工程にも調理と同じ工程を取り入れたり、毎回いろいろな工夫をしていますね。
例えば、ゆべしの食品サンプルをつくる際には、まず型からクルミをつくり、それを本物と同じように砕いて生地に混ぜ込んでから一つひとつ形成します。調理と同じ工程を踏むことで、外側の型をとっただけでは出せない奥行きやストーリーを表現することができます。この方法だとまったく同じサンプルができないという点もリアルですよね。そんなことをしているので、思っている以上に時間がかかってしまうのですが(笑)。職人として譲れないポイントです。

とはいえ造形物ではないので、個性は捨ててまずは本物に忠実に。そこにプラスしてお客様の意向があれば寄せていきます。ここでは私のこだわりは持ちすぎないようにしています。『切りたての方のがおいしそうに見えるからもっとみずみずしく』という方もいれば、『干した感じの方がいいので乾いた質感にしてくれ』という注文もあり、好みは千差万別なんですよね。そこに私の主観が入ると違ったものになってしまうので、こだわりは捨ててリクエストを忠実に再現することに集中しています」

これからの展望

「食品サンプルはすべて手作業だからこそ、食材や料理の繊細な風合いや温かみを出せるんです」

「食品サンプル文化は、大正時代から昭和初期にかけて誕生し一世を風靡しましたが、今は全国でも100社あまりしか残っていません。近年は3Dプリンターの進化もめざましく、食品サンプルにしかない魅力は何なのか、と改めて考えています。

1つの同じものをたくさんつくるのであれば、3Dプリンターの方が優秀だとは思いますが、食品サンプルはすべて手作業だからこそ、自然の食材や手づくりの料理ならではの繊細な風合いや温かみを出せるんですよね。同じものが山盛りになっていても一つひとつが違う形をしていたり、少し形がいびつだったり、そういうところに人間は無意識のところで『おいしそう』と感じるのではないでしょうか。この感覚は食品を表現するうえで不可欠なんじゃないかと。そんな、食品サンプルにしか出せない味わいを大切に差別化していきたいと思っています。

また、食品サンプルづくりで近年意識しているのは、みなさんに『あ!』と思ってもらえるようなものづくりです。手にするとウキウキするような、もらったら思わず笑顔になるような、食品サンプルってそんな要素も魅力の一つだと思うんです。食品サンプルはショーケースに入っていることが多いですが、もっと身近に取り入れられるキーホルダーやマグネット、小物入れなどをつくって『あ!』を広げていけたらな、と思っています。ワークショップも積極的に開催していきたいですね」

ヒトに伝えたい小田原の魅力

「小田原の豊かな食の魅力を食品サンプルを通じて伝えていきたい」

「地元のお客様の食品サンプルをつくっていて改めて感じるのは、小田原は海の幸も山の幸も豊富で、城下町ゆえ発展した加工品もバラエティ豊か。何十年、何百年とものづくりを続ける老舗が多いのも特徴ですよね。

エネルギーあふれる漁師や農家、職人たちも多く、食品サンプルづくりで気になったことがあればすぐに見聞きしに行けるという環境はとても恵まれていると思います。これからもそんな小田原の豊かな食の魅力を食品サンプルを通じて伝えていきたいです。」

まとめ

匂いや味まで伝わってくるようなリアルな食品サンプルの製作の裏には、無機質な素材から、一つひとつ手作業で命を吹きこむ、職人たちの技と熱い想いがあった。職人でありながら、時に科学者のような、また時にはアーティストのような、道なき道を開拓する本多さん。今後も独自で技を磨きながら、食品サンプルを通じて「小田原の食の魅力」、そして「ものづくりの楽しさ」を伝え続けていく。