江戸時代の食風景(その61)

食文化史研究家 永山 久夫

江戸っ子好みの卵ぶっかけ

蒲鉾のある食卓 江戸前の卵焼き

卵焼きといえば、甘いの、甘くないの、焼き具合にもちがいがあり、地方や家庭ごとの特徴があります。いわゆる江戸前の甘い厚焼き卵が出てきたのは、江戸末期ともいわれています。
だしがきいた関西風の卵焼きに比べて、関東の卵焼きは甘くて濃い味なのが特徴。時間がたっても味がなじんで美味しい。

 

卵かけご飯

生たまご 醤油の雲にきみの月  

 容器に割って入れた生卵の黄身は満月、そして醤油はまるで雲のようだという江戸の川柳である。
  ご飯にかけて食べてしまえば消滅してしまう生卵に、まず宇宙を見ているのだ。みごとな感性である。江戸っ子の好物のひとつが、生卵のぶっかけ飯。手早く食べられて、うまい上に栄養もとれるところから人気を呼んだ。
  日本人は生食を好む。
  その象徴的な料理が「刺し身」である。どんなに豪華につくられた料理をずらりと並べてみても、刺し身がついていなかったら、日本料理としては未完成になってしまう。
  生で食するわけだから、焼いたり、煮たりすることによって発生する栄養成分のロスがまったくない。生卵をご飯にかけて食べるのも、考えてみれば卵の刺し身のようなところがある。


玉子ふわふわ

卵は昔から「精のつく食物」として重宝されてきた。以前は病気見舞いというと、もみ殻入りの箱に卵を詰めて持参したものである。
  江戸初期の寛永二十年(一六四三)刊行の『料理物語』に卵の料理法が何種類か出ているが、卵料理が広まったのは江戸中期以降。天明五年(一七八五)に出た『万宝料理秘密箱』は『玉子百珍』とも呼ばれた料理書であるが、この中には一〇三種の卵の料理法が紹介されている。家庭の食生活の中にも卵を食べる習慣が普及していたのである。
  江戸時代に流行したのが「玉子ふわふわ」。先ほどの『料理物語』にも紹介されているくらいだから、戦国時代の末期あたりから作られてきたようである。
  まずだし汁を煮立て、そこへよくかき混ぜて泡立てた卵を一度に落とし、すぐに蓋をする。熱が全体にまわり、ふわっと盛り上がったら出来上がり。だいたい十秒ちょっとくらいがよい。


ゆで卵と吉原

盛り場には、ゆで卵売りが出現。とくに花街の吉原で人気があり、男たちは精力をつけるために、ゆで卵を腹に納めてからのりこんだ。
  吉原では、夜の見世開きと同時に卵売りと鮨売りが姿を見せるのが定例になっていた。次のような川柳もある。


湯上がりの玉子に塩の薄化粧

ゆで卵の白肌に、うっすらとまぶした塩が化粧のようだという意味で、ちょっと色っぽい卵だ。
  卵の黄身に多いレシチンは、記憶力をよくしたり学習能力を高める成分として注目されている。レシチンは米にも含まれており、卵かけご飯は脳の機能を高めて若い頭脳を維持するためにも役立つ。まさに、脳の”長寿食”なのだ。

すまし平 蒸した卵は春の月

  これも江戸の川柳。「平」は平椀の略で、「お平」とも呼び、汁物や汁のある煮物を入れる食器である。作品は春の夜の風流を感じさせている。月をテーマにした次のような川柳もある。

月の出はゆでた玉子の小口切り

 のぼったばかりの月をゆで卵の切り口にあらわしている。自然がいつも身近にあった時代の作品である。
  たったひとつの卵。その切り口から宇宙を連想する。日本人の豊かな美意識である。