現在のページ

プロジェクト紹介

プロジェクトストーリー1 いのちの循環「うみからだいち」

大切ないのちを余すことなく活かしたい

かまぼこ製造過程で生じる廃水の処理を永年、担当してきた伊藤俊廣にはひとつの課題が見えていた。かまぼこづくりでは魚から身だけをとり、骨、皮と内臓が残る。考えてみればそれも魚の一部であり、いわば大切ないのちの一部である。ただ廃棄物として処理するのではなく、何とか活かせないかと。実家が農家だった伊藤は思い出していた。子供の頃、近所のみかん山ではかまぼこ屋からもらってきた魚のアラを埋めて肥料にしていたことを。そう、魚肥である。昔から日本の農業を支えてきた肥料である。現在の日本では大量の魚の皮や骨を手に入れることが困難なため、また、代替の手軽な化学肥料の台頭のため、魚肥を使うところがほとんどなくなってしまった。「入手困難な魚肥の材料が、鈴廣なら手にはいる。これだ!」と伊藤は思った。

水産業と農業を関連づけた新しい循環モデルの構築

自分で良質な魚肥を開発し、地元の農家の土づくりに使ってもらい、そこで育てた野菜や果物をまた鈴廣で使えたらと。鈴廣のかまぼこ製品の原材料として、直営のレストランの食材として、はたまた加工して売店で販売したらと・・・。水産業と農業を関連づけた新しい循環モデルを構築しようと決意した。まさに自然の循環の再生にも繋がる鈴廣ならでは小田原ならではの意味のある取り組みであると思った。

魚肥の開発、そして新たな決意

伊藤は魚肥の開発とそれを使用してくれる農家探しに没頭した。月日がたち、魚肥は完成した。しかし使ってくれる農家がなかなか見つからない。普通は手に入らない天然肥料だから農家はすぐに食いついてくれると楽観的に考えた自分を反省した。農家の反応は違った。「魚肥??新しい肥料にかえて変な菌が蔓延したらどうするんだい!」「化学肥料でいいじゃないか」「魚肥でおいしい物ができる保証はあるのか?」魚肥が普及していないだけではなく、その使用方法や効果、その意味を理解する農家はまだまだ少なかったのである。 「こうなったら自分でその使用方法を研究し、各農家に指導してやろう。自分で野菜を栽培して、魚肥でおいしい野菜がつくれることを証明してやろう!」伊藤は魚肥の研究以外、もう他に何も見えなかった。

魚肥で育った真っ赤なイチゴ

かまぼこ工場の隣にビニールハウスを建て、試行錯誤で野菜づくりにも挑戦した。そんな努力と忍耐を繰り返した。ちょうど並行して、世の中も食の安全・安心が大きな関心事になり、農業も大きく変わろうとしていた。農家の反応は少しずつ変わっていった。伊藤の魚肥を試しに使ってくれる農家が現れた。そして伊藤がつくった魚肥で育ったイチゴが真っ赤に色づいた。 あれから5年。伊藤の作った魚肥は「うみからだいち」と命名され、現在数十件の農家で使用され、鈴廣の地産レストラン「えれんなごっそ」のサラダバーを飾っている。プロジェクトは発展途上である。多くの仲間を増やしながらこのプロジェクトは続いていく。