| 小田原からのメッセージ30 歴史的景観とは・・・ |
小田原城址の整備が徐々に進んでいます。 名城として全国にその名が知られている小田原城ですが、 さまざまな歴史が重なり合っているので、 なかなか悩ましい問題があります。 小田原に大森氏が築城したのは 応永二十四年(一四一七)といわれているので もう六百年近くも昔の話。 北条氏、大久保氏、稲葉氏と城主も替わり、 外観も様々な変容を見せています。 三の丸堀と言われるお堀一つを例にとっても、 北条時代の素掘りの堀、 江戸初期の川原石を積んだ古式の堀、 そして江戸時代中期の堀があり、 重なり合うように埋蔵されています。 一体、どのお堀を保存すればいいのでしょう。 ちなみに小田原のシンボルともいえる小田原城天守閣は 宝永三年(一七〇六)〜明治三年(一八七〇)の姿を手本に、 昭和三十五年に鉄筋コンクリートで再建されましたが、 いずれ本格的な木造での再築が望まれています。 現在のお堀に掛かっている赤い欄干の学橋は、 たかだか百年に満たないもので 歴史的には決して古いとはいえません。 戦国時代や江戸時代までが歴史だとすれば、 学橋は史実に反するものになりますが、 多くの行楽客や市民に利用され、 今や小田原城に欠かせない存在でもあります。 古い歴史にこだわるあまり、 その学橋を撤去すべきという話も出ています。 史実を作為的に操作することは許されないことですが、 生活との融合を大切にすることも大切でしょう。 小田原らしい小田原、 そこに集う人々が誇りと快さを持てる景観とは、 真摯に考えなければいけないテーマです。 |